2012年04月18日

ブログ移行のお知らせ

久しぶりの更新になりました。

留学終了から1年が経ち、また自分の興味も決してロシアだけではないことから、もっと自由に物事を発信したいなと思い、新たなブログを作りなおしました。

新しいブログ『雨と煙

ロシアのことはもちろん、幅広い文学や歴史のこと、この世の中のことを、気ままに書いていこうと思ってます。

よろしくお願いします。
【関連する記事】
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2012年02月04日

次期大統領選をめぐって……

 早いもので、もう2月に突入しました。現在僕は絶賛就職活動中ですが(笑)、来月にはロシアでは大統領選が行われます。去年あたりからモスクワをはじめとした各都市で、「反プーチンデモ」が繰り広げられていて、一体どうなってゆくのだろう、というような疑問は僕も含めて抱いているところでしょう。

 実際に、今日も大規模なデモが行われました。

ロシア、反政権集会に3万6千人 過去最大【モスクワ共同】ロシアのプーチン首相らが出馬する3月の大統領選まで1カ月の4日、野党勢力主催の反政権デモが首都モスクワなどで行われた。インタファクス通信によると、警察当局はモスクワの反政権デモや集会の参加者を約3万6千人と発表。1991年のソ連崩壊以降、最大とされた昨年12月24日のモスクワの集会参加者約3万人を上回った。主催者側は12万人が参加したとしている。
 昨年12月の下院選不正疑惑に抗議する大規模な反政権集会はこれまで2回開かれたが、今回の参加者が過去2回を上回ったことで、大統領職復帰を狙うプーチン氏への反発が衰えていないことが鮮明になった。2012/02/04 22:55 【共同通信】


 また先日、「ロシアの声」に興味深い記事がありました。少々長いですが、全文を掲載します。

大統領選挙;世論調査結果と現実(2012年2月3日)
 複数の社会学センターが実施した世論調査の結果によれば、ロシア人のほぼ半数が、3月4日に迫った大統領選挙が公正なものになるだろうと見ており、プーチン現首相が第一回投票で勝利すると考えている。また三分の一の人々が、不正はやはり行われるだろうが、議会選挙のときより本質的に少なくなると予想している。なお、抗議集会へ参加したいという人は、ほとんどいなかった。

 ロシア人は、公正な政治というものを信じているのだろうか? 世論調査で明らかになったところでは、潜在的有権者の大部分が、選挙戦に極めて冷静に接しており、49%が「選挙は公正に行われるだろう」とみなし、「公正な選挙など信じない」と応えた人々は28%だった。 在野勢力が、できるだけ多くの注意を計画されている抗議集会に引き付けようと試みているにもかかわらず、アンケートに答えた人々のうち78%が、そうした行動に自分は参加するつもりはないとしている。 しかし同時に、大部分の人々が、現政権当局は、国会に代表者を送っていない在野勢力の代表者とも必ずや会って話をすべきだと考えている。

 VORのインタビューに応じた、ロシア政治情勢センターのセルゲイ・ミヘーエフ所長は「候補者に対するデータは通常かなり正しいものだ」と指摘し、次のように続けた― 「選挙前の支持率などのデータが正しいかどうかについて言えば、社会学者達は、かなりしばしば予想を的中させる。これは、ロシアばかりではなく、全世界でそうだ。 世界の至る所で絶えず、選挙前の世論調査がなされている。」  

 実際ロシア社会において、次期大統領にはプーチン大統領がなってほしいとの期待感はかなり大きい。 分析専門家達は、選挙の合法性や公正さを保証する事は、まさに自分の勝利を確信している候補にとってまず重要だと確信している。

  在野勢力サイドにもすでに、社会の側からの投票監視の保証を目指した統合組織である有権者連盟が誕生した。 この連盟のメンバーには、有名な作家や音楽家、ジャーナリスト、テレビの司会者などが名を連ねている。連盟の代表らは、大統領選に立候補している5人の候補者の支持者達に、自分達はすべての候補者のため投票所で監視作業を行う用意があると提案した。有権者連盟は、そうした活動をすることで、選挙結果捏造の可能性を低くでき、つまるところ、集計作業に対する疑いをそもそも払拭できると考えている。 

 なお専門家達は、投票所にウェブカメラを設置したり、投票箱を透明にするといった現政権側が提案した措置の数々も、ごまかしをはるかに減らす助けになるだろうと指摘している。


 二つ目の記事にある世論調査がどれほどのものかは定かではありませんが、反対運動があるといえども、プーチン氏が大統領に戻ることは現実視されているようです。
 僕にも、反プーチン的な態度を取る友人がいますが、彼でさえも次期大統領はプーチンになるだろう、という目測をたてています。対抗馬となりうる人物がいない、という現状もあるようですが……。

 思うに、現在の反対デモがどういう意図を持っているかというのは気になります。野党勢力が反プーチンを掲げ、政権奪取までを考えているかもしれませんが、その現実味は薄いとされます。一方で、「公平な政治を求める」という考えのもと運動している人もいるのかもしれません。選挙の監視組織を作るなど、政府に対してより公平性を求めるという働きかけの面のほうが、プーチンを失脚させたいという意図なんかよりも、ずっと強いように思われます。

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2012年01月28日

現代ロシアの「亡命」!?――知識層の流出

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 僕のロシア人の友人には、日本語を勉強している人たちが多く、また日本語を勉強できる環境があるロシアの大学といえば限りがあり、そのためハイ・クラスの大学に在学している学生が多いです。例えばモスクワ大学やモスクワ国際関係大学には充実した日本語教育が設置されています。

 先日、東京の大学院に通っている友人と会ったときに、ふと気になる話題がありました。
 今後の進路について話していたときに、ロシア人の彼は、「ロシアには戻る気はない」ということを言っていました。もう数年も日本で勉強している彼は、いわば超エリートであって、ロシア国からすれば貴重な人材であるはずです。院を卒業したら、ロシア以外の国で研究に従事したい、という旨を言っていた記憶があります。

 「これが、知識層の流出かあ…… 今も昔も同じじゃ……」思わず、そう吐露しそうになりました。

 ロシアにおける知識層の流出は、亡命の歴史とともに深いものがあります。

 ロシア革命が起きたときに、それまで貴族だった人たちの多くはロシア国外へと亡命し、彼らは「白系ロシア人」と呼ばれ、欧米を中心に諸国に散在していました。亡命先としては、日本も例外ではありませんでした。
 政権当局の弾圧から逃れるために、国外へ亡命するロシア人には、作家や学者を中心に多くの著名人や知識人が含まれておりました。例えば、『ロリータ』で有名なナボコフや哲学者であるベルジャーエフ、ロシア人として初のノーベル文学賞受賞者のイヴァン・ブーニンなどの名をあげることができます。つまり、知識層が自由な場を求めて亡命しているケースが目立っていたのでした。

 ロシア人の亡命、といえば帝政期やソ連時代を想像されるかもしれませんが、現代ロシアにおいても「知識の流出」は深刻な問題だとされています。

(前略)70年代にユダヤ系住民の知識層から始まった頭脳流出で、ロシアは20世紀末までに最も優秀な国民を50万人以上失った。09年の学術論文や学術誌の刊行数では、インドや中国を下回っている。このままでは、次世代の画期的技術を外国からの輸入に頼る羽目になるだろう。(後略)
ニューズウィーク日本語版記事より)


 今回は、院生の友人の話を例にしましたが、実は彼以外にも、「ロシアから出たい」、という友人の話は聞いております。話しながら、こうやって知識層は流出するのか、と実感した次第でありました。


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2012年01月25日

EURO2012のお話――今年はウクライナとポーランド!

 久しぶりにサッカーの話題について書きましょう。
 今年2012年は、ヨーロッパ選手権(UEFA EURO2012)が開催されます。4年に一度開催されており、今年は14回目の選手権になります。前回のEURO2008年では、ロシア代表がベスト4に食い込む大健闘を見せ、それがきっかけとなり、キャプテンであるアルシャヴィン選手がイギリス・プレミアリーグへ移籍するなど、ロシアのサッカーレベルを世界に知らしめることになりました。

 さて、今年ですが、開催地はウクライナとポーランドの共催です。留学中にウクライナからポーランドにかけて一度旅行をしたことがあって、僕にとってはある種特別な気持ちを抱いています。
 昨年の3月のことでしたが、ウクライナでもポーランドでも、コカ・コーラのボトルのラベルに「EURO2012」のロゴが入っており、一応それに向けての雰囲気はあったような記憶をしております。

 開催地をめぐっては、ウクライナ一国だけだと経済的に不十分なところがあって、隣国であるポーランドとの共催という形をとったと言われております。確かにIMF(国際通貨基金)からの融資を受けるなど、決して経済状況が良いとは言えません。一方でポーランドは、2004年にEUに加盟してから、中東欧の新規加盟国10カ国の中では「優等生」と呼ばれており、2010年現在、GDPランキングでは世界第20位に着けるほどに成長しております。

 と、話が経済に逸れてしまいましたが、ただ単に試合に着目するだけではなく、開催国のことも注意してみると、違った目線から、ちょっとは面白くなるかもしれません(笑)。

 それから、イタリア・セリエAで活躍した世界的なサッカー選手で、ウクライナの英雄的選手のシェフチェンコ選手が、このEURO2012をもって引退するという宣言も出ておりますので、これも興味のある方は、ぜひ留意してみてください。

 今回はとにかくEURO2012の話がしたかっただけですので、話題がかなり飛び飛びで滅裂なのはご愛嬌ください……。


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2012年01月21日

【未公開ルポ】チェルキゾフスキー市場

 さて、前回予告したとおり、今回はチェルキゾフスキー市場についての未公開ルポルタージュを公開します。一昨年の年末に調査へ行き、その日のうちにまとめ上げた文章になります。勢いで書いたため、一部読みづらい部分や拙い表現があるかもしれませんが、ご了承ください。以下からがそれになります。

 2010年12月28日。チェルキゾフスキー市場の跡地へ向かった。この市場は、主に中国人によって運営されていた巨大市場で、本質的なことを言えば、ほぼ「闇市」であった。ソ連崩壊のときから開かれていたのだが、昨年、中国人の大量流入への対処として、閉鎖された。まさしく政治的曰くつきの場所である。調査内容の一つで、中国人に対する民族主義者の反応ということで、調べてほしいということだった。

 チェルキゾフスカヤ駅という、モスクワの中心から少し北に離れたこの場所は、やはり閑散としていた。治安はあまりよくはないだろう、と見当をつけていたが、まさしくそのような雰囲気だった。
 市場は、さほど駅から遠くないということを事前に調べていたので、とりあえず適当に歩いていった。私は、方角しか知らなかったので、まさかバイパスに上って、道を渡るなんて思いもしなかった。そのため、最初は道に迷うはめになった。

 試行錯誤の末、ようやく市場の近くまでたどり着いた。けれどもどれが市場なのかは、よく分からない。市場の写真といえば、何かビニールハウスのような、モールが立ち並んでいるものしか知らなかったし、まず全面バリケードのような塀に囲まれていて、外からは中が見えない状況に困惑するしかなかった。ただ、塀の隙間から少し中を確認できた。すると、向こう側は開けていて、確かに写真で見たモール状のものが目に映った。ここが市場の跡だと確信した私は、通行人の年配の男性二人に、尋ねた。

「すみません、ここは昔、大きな市場があったんですよね?」
「そうだ」
低い、落ち着いた声の調子だった。
「けれども、今はもう閉鎖されているんですよね?」
ああ、と同じような返答だった。ありがとう、と言って立ち去ろうとしてすれ違った瞬間、
「中国人か!」
と先ほどの返事からは考えられない大きな声が飛んだ。不意をつかれ、ドキッとしたが、冷静に、日本人だ、と帰すと、
「ああ、日本人か」
と再び最初の調子に戻った。

 大きな市場だと聞いていたので、どこまでが市場なのかを確認するために、歩道の先を進んだ。市場の端がどのあたりまでかが分かったので、来た道を引き返した。何とか中を見てみたいと思っていた。すると、わずかに隙間を見せているドアの上に、「トイレ→」という看板を見つけたので、もう勢いで中に入った。
 すると写真で見た、モールが目に入ったが、完全に閑散としたものだった。闇市だったこの市場は、もう廃墟跡のように化していた。とりあえず、全体像を記録しようと、一枚写真を撮る。と、そのとき、不意に背後から

「おい、何をしている」
と声が私の背中に突き刺さった。ドキリとした私は、さっと振り返った。男が3人、私をじわりと囲んできた。スラヴ系のロシア人ではなく、〜スタン国出身のアジア系たちと見えた。そして詰問がはじまった。

「なぜ写真を撮ったんだ?」
「ただ興味があっただけです。」
「何故だ?」
「ここには、昔大きな市場があったと聞きます。しかし、去年に閉鎖されました。そして、その跡を見たいと思っただけです。」
「誰かに許可か何かをもらっているのか?」
「いいえ。」
「なのに何故だ?」
「……」
「お前は、モスクワに何をしにやってきたんだ?」
「留学です。」
「留学だと?どこに通っている?」
「モスクワ大学です。」
「どこにあるんだ?」
「モスクワの南のほうですが。」
「南か……。分かった、もう帰れ。」

 はじめ私をジャーナリストか何かと思ったのだろうか、学生ということが分かったら、それ以上質問をしてこなくなった。そして、入り口のところまで追い返された。怪しまれるかな、と思ったので、

「見てください。これが学生証です。」
「ん?ああ、(一目してから)確かに学生だな。それじゃあな。」

と別れ際には、握手をしてその場を立ち去った。

 ひょっとしたら彼らは私をおちょくりたいだけだったかもしれないし、帰してくれたのは私が学生だからかもしれない。それでも、彼らの反応を見るだけでも、この市場が政治的曰くつきだということが良く分かる。


 今になって思えば「よい経験」だと思えますが、3人に囲まれたときには、これまでにないほどの緊迫感を覚えていたのを記憶しています。

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