2011年04月30日

イタズラ脅迫―「爆弾を仕掛けました」

 7ヶ月モスクワに住んでいたので、ある程度の地名や地理はそれなりには分かります。ですので、ニュースでモスクワ関連のものを見たときに、固有名詞が手に取るように分かり、容易に状況を想像することができることが多いです。

 今日、30日朝6時ごろ(モスクワ時間)に、爆弾を仕掛けたという匿名の電話があったそうで、即刻調査に乗り出したが、結局見つからなかった、という風に書かれていました。(コムサモールスカヤ・ブラウダより)そして、その場所が「リチノイ・バグザール」という地下鉄の駅で、僕も何度も利用したところだったので、ひときわニュースへの興味は大きかったのでした。この駅は、ある路線の終点にあたるもので、そこから郊外へのバスが出ていたりと、人の利用がわりあい多いところです。

 見つからなかった、ということで、たいへん恐ろしいことなのですが、実はよく、このような、単なる「匿名の脅迫」というのは少なくありませんでした。モスクワ地下鉄最大のハブ駅である「レーニン図書館」駅では、数度、脅迫があり、あたりにいた人たちが非難させられた、ということがあったと聞きます。
 そして、僕が実際に住んでいた、モスクワ大学の学生寮でも、爆弾を仕掛けたという匿名のメッセージが届き、かなりの警戒状況になったことがありました。

 このような「イタズラ」(もちろん本物もありますが)までがよく起こってしまうということは、モスクワという街にとって、爆弾テロが「身近な」ものになってしまったことを意味するのではないか、と思います。それから、地下鉄にいる警察の数を考えても、またしかりだと思います。

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posted by Itta Tojiki at 18:33| Comment(0) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月28日

ロシアってやっぱりマイナーなのかなあ……

 「ロシアどうだった?」
 という問いを、帰国してからよくされます。とくに最近、東京に戻ってきたばかりなのでよく問われます。しかし、この質問ほど困るものはないのです。あまりにも漠然としていて、何を答えればよいのかが分からず、ただ「よかったよ」としか返せないこともしばしば。
 そして、続いて聞かれるのが、だいたい次のようなものです。
 「ロシア美女に会ってきたか?」
 「ウオッカは飲んだのか?」
 「テロには巻き込まれなかったか?」
などなど。
 もっとも、これらは日本人のロシアへのイメージそのものなので、仕方がないことだと思います。けれども、街の造りはどうだ、とか外国人は多いのか、とかいう少し突っ込んだ問いは少ないです。これは、一般的にロシアという国に対する興味が薄いことと、情報が得られていないことが大きな理由だと思うのですが、帰国してからそれを強く感じています。
 ロシアってやっぱりマイナーな国なのかなあ、という感想は決して否定できません。

 ロシアに興味を持ち、足を運び、しばらく滞在する、というプロセスを経た僕にとってロシアとは身近なものに他ならないのですが、それは、ひょっとしたら一般的ではないのかもしれません。帰国して、日本人のロシアへの客観的な見方を少し感じられています。

 「どこに行ってたの?」
 「ロシアです……」
 「ええええ!! ロシア!?」

という会話のやり取りやリアクションに、それが顕著にあらわれているのだと思います。

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posted by Itta Tojiki at 23:00| Comment(0) | 日本とロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

コンパクト・ディスクの「父」―元ソニー社長

先日、元ソニー社長の大賀典雄氏が亡くなられました。

元ソニー社長・大賀典雄氏死去…音楽家でも活躍
 ソニー社長、会長を歴任した大賀典雄(おおがのりお)氏が23日午前9時14分、多臓器不全のため死去した。
 81歳だった。告別式は近親者で行う。喪主は妻、緑さん。後日社葬を行う。
 東京芸大音楽学部専攻科修了の歌手だったが、創業者の盛田昭夫氏に見いだされ、1959年にソニーに入社。70年から10年間CBS・ソニーレコード(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)の社長を務めた。82年ソニー社長に就任し、フィリップスとCDを共同開発、ゲーム事業参入も決めた。95年会長となり、日本電子機械工業会会長に就任。2000年6月にソニー会長を退いた。国際的演奏会で指揮し、99年に東京フィルハーモニー交響楽団の会長・理事長、04年から東京文化会館館長も務めていた。
(2011年4月23日23時32分 読売新聞)


記事は日本のメディアですが、実は、このニュースを知ったのは、ロシアの記事を眺めているときでした。有名紙コムサモーリスカヤ・プラウダのネット記事に、でかでかと

「コンパクト・ディスクの『父』、死去」

とあり、経歴が説明されていました。

この「父」と表すあたり、ロシアらしいな、と思う一方、大賀氏の功績をたたえる最高の褒め言葉だと感じます。

世界のソニー、と言われますが、ひとつ面白いエピソードがあります。

僕が、以前ウクライナのキエフに旅行した際、行きの列車で同室になったロシア人のおじさんとの会話のことでした。
当時、ソ連時代だったが、彼の父親が、ソニーの「ウォークマン(カセットテープ版)」を持っていて、それを大学生だったおじさんが譲り受けたという。もうそれは、この上なく嬉しいものだったそうで、友だちに自慢しまくったそうな。というのも、あの時代、ソ連で、ソニーのウォークマンといえば、ものすごく高価だったらしく、しかも画期的な仕様に、みんなが羨ましがっていたといいます。
と言われつつ、当時、ソ連でウォークマンを持っていたことの意味が想像できたような、できなかったような感じがしましたが、あの頃を思い出しながら、嬉しそうに語るおじさんの表情から、その価値がほんのりと感じられました。

ホントに珍しかったんだからな、と言っていたおじさんとの会話を、ニュースからふと思い出したのでした。

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posted by Itta Tojiki at 23:59| Comment(0) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

東京って……

 土曜日に東京に戻り、日曜日は一日で回っていたのですが、思ったより「疲れた」という印象が強く残りました。
 理由としては、まだ「慣れていない」ということでしょうか。(1年半も住んでいた人間が言うのもおかしいですが……)東京って、こんなに人が多かったか、こんなにも「無関心」の雰囲気が広がっていたっけ、などなど疑問が次から次に頭に降りかかっていたわけです。
 いや、単に僕が、意識して東京を見つめようとしているから、感じてしまうことなのかもしれません。18歳の上京したてのころにはなかった、「余裕」がこういう感想をもたらしているのかもしれません。

 しばらくは、このような感覚を抱きながら過ごすことになるのでしょう。もっとも、「慣れてしまって」すべてが無関心になるよりかは、ずいぶんとマシで、面白いとは思うのですが……。

 っと、最近、ロシアネタがめっきりなので、これから更新していきます。いまだに思考錯誤ですが……。

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2011年04月21日

東京へ

 まったくの個人的なことですが、明日から明後日にかけて、いよいよ東京へ戻ります。震災の影響で新学期の始まりが1ヶ月遅れたことで、4月のほとんどの日を実家で過ごしていました。ですので、東京は、およそ8ヶ月ぶりとなります。

 留学中は、ずいぶんと帰国してからの東京での暮らしぶりを想像して、計画をたてたものでした。そうやって思い巡らしていた日がようやくやってくるのです。やはり楽しみではあります。

 ただ、震災後には、計画停電やお店の商品が少なくなるなど、さまざまな支障が生じており、以前のような生活とは異なるかもしれません。そこは改めての準備と対応が必要だと思っています。

 外国を見てきてから、僕の大学生活の後半戦が始まります。ブログもばんばん書いていきます。よろしくお願いいたします。

 それでは、取り急ぎ失礼します。

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posted by Itta Tojiki at 23:59| Comment(0) | 個人的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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