2011年04月26日

コンパクト・ディスクの「父」―元ソニー社長

先日、元ソニー社長の大賀典雄氏が亡くなられました。

元ソニー社長・大賀典雄氏死去…音楽家でも活躍
 ソニー社長、会長を歴任した大賀典雄(おおがのりお)氏が23日午前9時14分、多臓器不全のため死去した。
 81歳だった。告別式は近親者で行う。喪主は妻、緑さん。後日社葬を行う。
 東京芸大音楽学部専攻科修了の歌手だったが、創業者の盛田昭夫氏に見いだされ、1959年にソニーに入社。70年から10年間CBS・ソニーレコード(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)の社長を務めた。82年ソニー社長に就任し、フィリップスとCDを共同開発、ゲーム事業参入も決めた。95年会長となり、日本電子機械工業会会長に就任。2000年6月にソニー会長を退いた。国際的演奏会で指揮し、99年に東京フィルハーモニー交響楽団の会長・理事長、04年から東京文化会館館長も務めていた。
(2011年4月23日23時32分 読売新聞)


記事は日本のメディアですが、実は、このニュースを知ったのは、ロシアの記事を眺めているときでした。有名紙コムサモーリスカヤ・プラウダのネット記事に、でかでかと

「コンパクト・ディスクの『父』、死去」

とあり、経歴が説明されていました。

この「父」と表すあたり、ロシアらしいな、と思う一方、大賀氏の功績をたたえる最高の褒め言葉だと感じます。

世界のソニー、と言われますが、ひとつ面白いエピソードがあります。

僕が、以前ウクライナのキエフに旅行した際、行きの列車で同室になったロシア人のおじさんとの会話のことでした。
当時、ソ連時代だったが、彼の父親が、ソニーの「ウォークマン(カセットテープ版)」を持っていて、それを大学生だったおじさんが譲り受けたという。もうそれは、この上なく嬉しいものだったそうで、友だちに自慢しまくったそうな。というのも、あの時代、ソ連で、ソニーのウォークマンといえば、ものすごく高価だったらしく、しかも画期的な仕様に、みんなが羨ましがっていたといいます。
と言われつつ、当時、ソ連でウォークマンを持っていたことの意味が想像できたような、できなかったような感じがしましたが、あの頃を思い出しながら、嬉しそうに語るおじさんの表情から、その価値がほんのりと感じられました。

ホントに珍しかったんだからな、と言っていたおじさんとの会話を、ニュースからふと思い出したのでした。

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posted by Itta Tojiki at 23:59| Comment(0) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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