2011年06月26日

ロシアの差別の問題―「ロベカル」のニュースより

 ロシア:ロベカルに観客席からバナナ 所属先のリーグで人種差別 【モスクワ大前仁】「ロベカル」の愛称で知られるサッカーの元ブラジル代表ロベルト・カルロス選手(38)が22日、所属先のロシアリーグでの試合中、観客からバナナを投げつけられた。人種差別行為で、2月にロシアリーグ入りしたアフリカ系のカルロス選手へのこうした出来事は2度目。ロシアは18年のサッカー・ワールドカップ自国開催に向け、「人種差別をやめよう」と啓発を続けているが、改善されていないのが実情のようだ。
 カルロス選手は南部サマーラで出場したアウェー戦のロスタイム中、観客席から足元にバナナを投げつけられ、試合終了の笛を聞かずにフィールドを去った。3月にも敵地サンクトペテルブルクでの試合前、観客からバナナを突き出された。
 一般にアフリカ系やアジア系に対する白人の差別行為として、猿の好物のバナナを差し出したり、猿のまねをすることがある。
 ロシアでは人口の8割を占める白人のロシア人が、カフカス系や中央アジア系に差別意識を持つと言われている。
 カルロス選手は22日の試合後「文明的な国では許されない行為だ」と失意を語った。所属チームの「アンジ・マハチカラ」は主催クラブの「クリリヤ・ソビエトフ」にバナナを投げつけた者の処分を要求。ロシアリーグは24日、ソビエトフ側に30万ルーブル(約90万円)の罰金を科した。

毎日新聞 2011年6月26日 東京朝刊


 「ロベカル」といえば、サッカーファンだけでもなく、名前を聞いたことのある人も少なくはないでしょう。それだけ素晴らしい功績をおさめた選手が、自身のキャリアの終わりとしてロシアのチームを選んでプレーしているわけですが、このような「差別行為」は、有名だとかそういうのを無視した上での露骨なものに思えます。

 もっとも、サッカーチームのサポーターは、わりあい過激な集団となりやすく、フーリガンなどにもそれが認められます。スペインやイタリアなどでも、特定の出身国の選手に対する差別行為はこれまでにも行われています。

「ロベカル」選手が所属しているチームの本拠は、ダゲスタン共和国の首都、マハチカラです。ダゲスタン共和国といえば、隣国にチェチェン共和国が位置しているなど、治安の面で落ち着かないところです。ですので、記事にあるような「カフカス系や中央アジア系に差別意識を持つ」ということは容易に想像できます。

 この記事で一番驚いたのは、「ロシアでは人口の8割を占める白人のロシア人が、カフカス系や中央アジア系に差別意識を持つと言われている」ということです。
 確かに、僕の友人でさえも、グルジア系の人に対して蔑んだ態度をとっていたのを思い出します。何も民族主義者やサポーターだけではなく、一般民衆の中でもある程度の差別意識はあるのかもしれません。
 ただ、ここで、ロシアは差別的な国で非文明的な国家だ、と決め付けるのは正しくはないでしょう。まずは差別の起こる因果関係を浮き彫りにして、歴史から振り返る必要があると思います。やみくもに、「差別はいけない」と言っても、そこに解決策は見出せません。

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posted by Itta Tojiki at 23:59| Comment(0) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

レジ打ちは自動販売機ですか?

 以前、日本の接客と外国、とりわけ欧米のそれとを比較したことがありました。

 『フレンドリーなサービス!?』 
 最近、僕はせっせとレジのバイトをやっているのですが、とても気になることがあります。

 いくらこちらがレジ打ちだといっても、「袋はご利用になりますか」とか、「当店のカードはお持ちですか」などと、少しくらいの会話はあって、そこには最低限のコミュニケーションがあるのです。
 しかしながら、やたら見かけるのが、耳にイヤホンをつけながらやって来る人です。もう街中の半分くらいの人がイヤホンをつけているんじゃないか、と感じるほど習慣的になっていますが、これをレジのときに外さない人は、けっこういる。
 こちらが、先ほどのような言葉を掛けてもまったく応じない。少し声を大きくしようものなら、怪訝な顔までする人もいる。

 人は人だから、という「ねじ曲がった自由主義」に基づけば、何とも問題がないのでしょうし、僕もこれをいちいち気にしているほど神経は細くはありません。
 それでも、日本の接客は、少々へりくだっていて、堅苦しいのではないかという疑問や、昨今の「モンスター」クレーマーなどの問題を考慮すると、消費者の傲慢さという点は目に付くことがあります。
 
 イヤホンのままレジ、のことを、極端に考えるならば、相手を人と扱っていないということまで考えられます。まるでレジ打ちの店員を「自動販売機」のように見ているきらいさえ感じます。それは、チャップリンの『モダン・タイムス』を思わせるところがあるでしょうか……

 こうやって書いていると、まるで僕がクレーマーのような気もしなくもありませんが(笑)、最近のちょっとした疑問でした。

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posted by Itta Tojiki at 23:59| Comment(2) | 今の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月16日

変わってゆく風景

 「留学から帰ってきてから、お店で働いている外国人が増えた感じがしないか?」
と友人に言われ、確かに思い当たるふしがありました。
 思えば、コンビニや某牛丼屋さんのスタッフが、みな外国人であることは珍しくありません。感覚的に、以前よりも傾向が強まったような気がしていたのですが、単に僕の視線が変わったからかな、と気に留めていませんでした。ですので、友人の言葉を聞いたときに、その「変化」が確実なものに感じられたのでした。
 実際の統計を見てみても、明らかに外国人労働者の数は上がっているのであって、僕が日本にいなかった7ヶ月間のうちにも増加していたのは当然であって、それを実感するというのも、また当然のことでしょう。

 帰国してから、すっかりと変わってしまった風景を目の当たりにすることが少なくありません。この外国人スタッフが増えたという感覚ももちろんですが、もっと直接的なことに、知っていたお店が閉められていたり、別のお店に取って代わられたり、あるいは完全な空き地と化してしまった光景に出会うことがあります。
 
 たった7ヶ月だったのに、ここまでの「変化」を見せつけられると、その時代の速度を疑ってしまいます。ふと意識して風景を視ようとしたときに抱いた、思いがけない驚きでした。

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posted by Itta Tojiki at 21:25| Comment(1) | 今の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

さりげない紳士的態度―ロシア人に学べ

 ささいなことだったけれども、少し悔やんでいることがある。
 先日の夕方のとき。かなり混みあっている新宿駅で乗り換えをしていたときだった。人ごみの中で、ひときわ大きな荷物を抱えていた若い女性二人が、その運搬に苦心していた。その二人を見たところ、韓国からやって来た人らしかった。荷物は本当に大きく、かなり重そうで、まるで長期滞在にやって来たような感じだった。
 階段のところで、二人で慎重に抱えながら運んでいるのを見て、手伝おう、という気が一瞬僕の中に起こった。ただ夕方ラッシュに巻き込まれ、人がどんどんと流れ歩いているせいか、また約束の時間が近かったこともあってか、一目しただけで通り過ぎてしまった。それから数歩進んだときに、やっぱり手伝おう、とふり向いたときには、またしても人の波が押し寄せてきていて、引き返せるような雰囲気ではなかった。まあ、仕方あるまい、と踵を返して、その日の目的地まで行ったのだったが、いやはや、これがなかなか悔やまれる。
 周りなど気にせず、”May I help? ”とだけ言って、手伝うだけである。やっぱり勇気がないというか、大人ではないな、と反省を促される……。

 こうやって見知らぬ人に手助けをしようという気をより強くさせたのは、留学中の一般のロシア人たちの態度だった。大きな荷物を運んでいようものなら、若いお兄さんをはじめ、気さくに手を貸してくれる人たちが少なくなかった。また、荷物を持ってあげるというほどではないけれど、次に来る人のためにドアを持って待っているとか、道を先に通すなど、ほんのささいな気遣いや親切を教えてくれたのも、一般のロシア人たちだった。正直言って、このような「さりげない紳士的態度」は、かなり感心したものだった。そして、そのような社会で生活していたものだったから、僕も真似しようとして、試みては実践していたつもりだった。

 「さりげない紳士的態度」。これは、日本でも同じように当たり前の気遣いであり、親切でもある。臆することなく実践してゆこうと、改めて思わせる、ひとつの苦い後悔だった。

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posted by Itta Tojiki at 23:29| Comment(0) | 外国からの視点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

電車内での通話について―モスクワと東京

 この前、電車に乗っていたときのこと。ちょうど着信があったので、思わず応答してしまった。「はい」と声を出した瞬間に、周りからチラリと視線を感じ、しまったな、と思ったときには、タイミングよく、目的駅に到着した。
 そうだ、電車の中での通話は控えないといけなかったんだ……、と改めて「常識」を思い出すしだいだった。

 なぜ僕がこんな「非常識」をやらかしてしまったかと言うと、モスクワでは乗車中の通話が当たり前だったからであった。こんなことを言うと、「うわあ、外国にカブレちゃって……」なんて非難を受けかねないが、弁解させてほしい……

 カンの良い人は気付くかもしれない。あれ、モスクワは地下鉄なのに電波が入るのか、と。これが入るから驚きだ。また、地下鉄の車両の走り方は、かなり騒がしい。窓まで開けられてしまうと、隣同士の会話も声を張らないといけない状態だ。だから、通話の声などもまったく気にならないのかもしれない。それでも、乗車中だから着信にすぐに出られないという不便さがないのは良い。周囲もまったく迷惑な顔をしないから、気軽に電話に出ることができる。こういう状況をずっと続けていたものだから、ついつい出ちゃった、というのは言い訳にならないだろうか……。

 それにしても、一人の人の通話の声と、二人あるいは複数人の会話の声とでは何が違うのだろう。もっとも、多くの車両の中が静かなのは分かるけれども、まったく会話がない車両というのも珍しいだろう。そしたら別に通話も……。うーん、あまり追求すると、日本の「常識人」たちから怒られそうなので、止めておこう……。
 

 今日は、「外国カブレ」な感じでお送りしました(笑)

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posted by Itta Tojiki at 23:44| Comment(0) | 日本とロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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