2012年01月28日

現代ロシアの「亡命」!?――知識層の流出

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 僕のロシア人の友人には、日本語を勉強している人たちが多く、また日本語を勉強できる環境があるロシアの大学といえば限りがあり、そのためハイ・クラスの大学に在学している学生が多いです。例えばモスクワ大学やモスクワ国際関係大学には充実した日本語教育が設置されています。

 先日、東京の大学院に通っている友人と会ったときに、ふと気になる話題がありました。
 今後の進路について話していたときに、ロシア人の彼は、「ロシアには戻る気はない」ということを言っていました。もう数年も日本で勉強している彼は、いわば超エリートであって、ロシア国からすれば貴重な人材であるはずです。院を卒業したら、ロシア以外の国で研究に従事したい、という旨を言っていた記憶があります。

 「これが、知識層の流出かあ…… 今も昔も同じじゃ……」思わず、そう吐露しそうになりました。

 ロシアにおける知識層の流出は、亡命の歴史とともに深いものがあります。

 ロシア革命が起きたときに、それまで貴族だった人たちの多くはロシア国外へと亡命し、彼らは「白系ロシア人」と呼ばれ、欧米を中心に諸国に散在していました。亡命先としては、日本も例外ではありませんでした。
 政権当局の弾圧から逃れるために、国外へ亡命するロシア人には、作家や学者を中心に多くの著名人や知識人が含まれておりました。例えば、『ロリータ』で有名なナボコフや哲学者であるベルジャーエフ、ロシア人として初のノーベル文学賞受賞者のイヴァン・ブーニンなどの名をあげることができます。つまり、知識層が自由な場を求めて亡命しているケースが目立っていたのでした。

 ロシア人の亡命、といえば帝政期やソ連時代を想像されるかもしれませんが、現代ロシアにおいても「知識の流出」は深刻な問題だとされています。

(前略)70年代にユダヤ系住民の知識層から始まった頭脳流出で、ロシアは20世紀末までに最も優秀な国民を50万人以上失った。09年の学術論文や学術誌の刊行数では、インドや中国を下回っている。このままでは、次世代の画期的技術を外国からの輸入に頼る羽目になるだろう。(後略)
ニューズウィーク日本語版記事より)


 今回は、院生の友人の話を例にしましたが、実は彼以外にも、「ロシアから出たい」、という友人の話は聞いております。話しながら、こうやって知識層は流出するのか、と実感した次第でありました。


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2012年01月25日

EURO2012のお話――今年はウクライナとポーランド!

 久しぶりにサッカーの話題について書きましょう。
 今年2012年は、ヨーロッパ選手権(UEFA EURO2012)が開催されます。4年に一度開催されており、今年は14回目の選手権になります。前回のEURO2008年では、ロシア代表がベスト4に食い込む大健闘を見せ、それがきっかけとなり、キャプテンであるアルシャヴィン選手がイギリス・プレミアリーグへ移籍するなど、ロシアのサッカーレベルを世界に知らしめることになりました。

 さて、今年ですが、開催地はウクライナとポーランドの共催です。留学中にウクライナからポーランドにかけて一度旅行をしたことがあって、僕にとってはある種特別な気持ちを抱いています。
 昨年の3月のことでしたが、ウクライナでもポーランドでも、コカ・コーラのボトルのラベルに「EURO2012」のロゴが入っており、一応それに向けての雰囲気はあったような記憶をしております。

 開催地をめぐっては、ウクライナ一国だけだと経済的に不十分なところがあって、隣国であるポーランドとの共催という形をとったと言われております。確かにIMF(国際通貨基金)からの融資を受けるなど、決して経済状況が良いとは言えません。一方でポーランドは、2004年にEUに加盟してから、中東欧の新規加盟国10カ国の中では「優等生」と呼ばれており、2010年現在、GDPランキングでは世界第20位に着けるほどに成長しております。

 と、話が経済に逸れてしまいましたが、ただ単に試合に着目するだけではなく、開催国のことも注意してみると、違った目線から、ちょっとは面白くなるかもしれません(笑)。

 それから、イタリア・セリエAで活躍した世界的なサッカー選手で、ウクライナの英雄的選手のシェフチェンコ選手が、このEURO2012をもって引退するという宣言も出ておりますので、これも興味のある方は、ぜひ留意してみてください。

 今回はとにかくEURO2012の話がしたかっただけですので、話題がかなり飛び飛びで滅裂なのはご愛嬌ください……。


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2012年01月21日

【未公開ルポ】チェルキゾフスキー市場

 さて、前回予告したとおり、今回はチェルキゾフスキー市場についての未公開ルポルタージュを公開します。一昨年の年末に調査へ行き、その日のうちにまとめ上げた文章になります。勢いで書いたため、一部読みづらい部分や拙い表現があるかもしれませんが、ご了承ください。以下からがそれになります。

 2010年12月28日。チェルキゾフスキー市場の跡地へ向かった。この市場は、主に中国人によって運営されていた巨大市場で、本質的なことを言えば、ほぼ「闇市」であった。ソ連崩壊のときから開かれていたのだが、昨年、中国人の大量流入への対処として、閉鎖された。まさしく政治的曰くつきの場所である。調査内容の一つで、中国人に対する民族主義者の反応ということで、調べてほしいということだった。

 チェルキゾフスカヤ駅という、モスクワの中心から少し北に離れたこの場所は、やはり閑散としていた。治安はあまりよくはないだろう、と見当をつけていたが、まさしくそのような雰囲気だった。
 市場は、さほど駅から遠くないということを事前に調べていたので、とりあえず適当に歩いていった。私は、方角しか知らなかったので、まさかバイパスに上って、道を渡るなんて思いもしなかった。そのため、最初は道に迷うはめになった。

 試行錯誤の末、ようやく市場の近くまでたどり着いた。けれどもどれが市場なのかは、よく分からない。市場の写真といえば、何かビニールハウスのような、モールが立ち並んでいるものしか知らなかったし、まず全面バリケードのような塀に囲まれていて、外からは中が見えない状況に困惑するしかなかった。ただ、塀の隙間から少し中を確認できた。すると、向こう側は開けていて、確かに写真で見たモール状のものが目に映った。ここが市場の跡だと確信した私は、通行人の年配の男性二人に、尋ねた。

「すみません、ここは昔、大きな市場があったんですよね?」
「そうだ」
低い、落ち着いた声の調子だった。
「けれども、今はもう閉鎖されているんですよね?」
ああ、と同じような返答だった。ありがとう、と言って立ち去ろうとしてすれ違った瞬間、
「中国人か!」
と先ほどの返事からは考えられない大きな声が飛んだ。不意をつかれ、ドキッとしたが、冷静に、日本人だ、と帰すと、
「ああ、日本人か」
と再び最初の調子に戻った。

 大きな市場だと聞いていたので、どこまでが市場なのかを確認するために、歩道の先を進んだ。市場の端がどのあたりまでかが分かったので、来た道を引き返した。何とか中を見てみたいと思っていた。すると、わずかに隙間を見せているドアの上に、「トイレ→」という看板を見つけたので、もう勢いで中に入った。
 すると写真で見た、モールが目に入ったが、完全に閑散としたものだった。闇市だったこの市場は、もう廃墟跡のように化していた。とりあえず、全体像を記録しようと、一枚写真を撮る。と、そのとき、不意に背後から

「おい、何をしている」
と声が私の背中に突き刺さった。ドキリとした私は、さっと振り返った。男が3人、私をじわりと囲んできた。スラヴ系のロシア人ではなく、〜スタン国出身のアジア系たちと見えた。そして詰問がはじまった。

「なぜ写真を撮ったんだ?」
「ただ興味があっただけです。」
「何故だ?」
「ここには、昔大きな市場があったと聞きます。しかし、去年に閉鎖されました。そして、その跡を見たいと思っただけです。」
「誰かに許可か何かをもらっているのか?」
「いいえ。」
「なのに何故だ?」
「……」
「お前は、モスクワに何をしにやってきたんだ?」
「留学です。」
「留学だと?どこに通っている?」
「モスクワ大学です。」
「どこにあるんだ?」
「モスクワの南のほうですが。」
「南か……。分かった、もう帰れ。」

 はじめ私をジャーナリストか何かと思ったのだろうか、学生ということが分かったら、それ以上質問をしてこなくなった。そして、入り口のところまで追い返された。怪しまれるかな、と思ったので、

「見てください。これが学生証です。」
「ん?ああ、(一目してから)確かに学生だな。それじゃあな。」

と別れ際には、握手をしてその場を立ち去った。

 ひょっとしたら彼らは私をおちょくりたいだけだったかもしれないし、帰してくれたのは私が学生だからかもしれない。それでも、彼らの反応を見るだけでも、この市場が政治的曰くつきだということが良く分かる。


 今になって思えば「よい経験」だと思えますが、3人に囲まれたときには、これまでにないほどの緊迫感を覚えていたのを記憶しています。

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posted by Itta Tojiki at 23:58| Comment(2) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

【未公開記事】チェルキゾフスキー市場@

 留学中は、ほぼ毎日のように記事を更新しておりました。基本的には、身の回りに起こったことなどをほとんど書いていたのですが、実は、一部都合や体裁上公開していない記事も数本あります。もう時効かと思われることもありまして、それの公開に踏み切ります。

 まずは、僕が留学中に、「一番ヒヤリとした」ときのことを話します。もっとも、それは日常的に不可避なことではなく、自らの行動が招いた末の危険でしたので、ご理解ください。もっと具体的に言えば、とある報道関係の一環で、僕が勝手に行動をしただけです。

 その調査内容は、「チェルキゾフスキー市場の今」でした。この市場は、ソ連崩壊のころからある、中国人によって経営されていたものでしたが、密輸品が扱われるなど事実上「闇市」だったのでした。この中国国際放送局の記事をご覧ください。

ロシア、チェルキゾフスキー市場から貨物撤去を許可 (2009-07-22)
 ロシア外務省の報道官が21日に明らかにしたところによりますと、ロシアは中国系商人を含めた商人を集めて閉鎖されたチェルキゾフスキー市場から貨物を撤去する作業をしているということです。
 ロシアは6月末に、モスクワのチェルキゾフスキー市場に対して整頓を行いました。この中で、約150人の中国系商人が拘束され、多くの中国系商人の貨物が取り押さえられたということです。
 ロシア外務省の報道官は「ロシアは国民の合法的権利や財産を保護し、各国商人に対しても平等に扱う」として、「チェルキゾフスキー市場にある多くの貨物は通関手続きを経ず、密輸でロシアに入ったものだ」と明らかにしました。
 中国外務省の秦剛報道官はこのほど、「中国の関連部門はすでにロシアと交渉をしており、公平かつ公正、しかも合理的に処理するよう、ロシアに求めた」とし、また、現地にいる中国系商人に地元の法律や規定を遵守することを求めました。(翻訳:ヒガシ)



 少々前の話になりますが、ロシアにおける中国を考える上で興味深いものだったようです。

 実際に、昔の写真を見てみましょう。ネットから引っ張ってきました。

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 こんなにも賑わっていたところでした。この市場には、ベルニサージュというモスクワ最大規模のお土産市場が隣接しています。そのお土産市の周囲には、多くのリゾートホテルが立ち並んでおり、昨年11月の訪露の際に、僕らはそこに泊まったのでした。
 わりあい人の集まるところの近くに、このチェルキゾフスキー市場があったことになります。

 そして、一昨年の年末に、僕は足を運んだわけでした。そのときの写真がこれです。

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 いかにも寂れた感じがするのが伝わるでしょうか。向こう側に、エキゾチックな建物が写っていますが、これがベルニサージュ市場です。

 この寂れ具合の確認のために、僕は一人でここへ赴いたのでしたが、まあ「いい体験」でした。次回は、そのときのルポルタージュを掲載します。


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posted by Itta Tojiki at 22:41| Comment(0) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

ロシア人の力強い握手と抱擁

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 あいさつには、言葉のほかにも様々な行為がつきまといます。日本であれば、お辞儀や握手をするように、ごくごく普通のことです。
 ロシアでは、握手をはじめに、抱擁(ハグ)、接吻(キス)がそれにあたるでしょう。もっとも、握手は男同士の場合だけだといいますし、接吻は同姓同士で行われることあり、それぞれのシーンによって形態は様々ではあります。
 僕自身の経験から言えば、握手と抱擁がほとんどの場合を占めています。

 あいさつの行為として、握手や抱擁を考えるときに、ひとつ興味深いのは、その力の入れ具合が、相手に対する感情の尺度になるということです。何かのロシアに関する小説にも、握手の力から相手の気持ちをはかる描写があったことを思い出します。

 そして、実体験から言えば、本当に力の入り方と当人の心情には確固たる意図が含まれていると思っています。明らかにこちらを向かえてくれる人、あるいは親しくなった人からは、こちらの手が握りつぶされるほどに強く、がっちりと握手を交わしてくれます。ロシア人のあの大きな手が、170センチにも満たない東洋人の手をキツク包み込むのを想像してみてください(これは痛い)。
 身体的に痛い、と思うと同時に相手の気持ちの温かさを感じるという何とも妙な錯誤におちいりますが、これがまた痛快なのです。

 また、抱擁にも同じことが言えると思います。11月にモスクワに赴き、友人と再会を果たした際には、男女問わず、キツク抱きしめられました。

 力強く握手や抱擁を交わしたからといって、皆親しいということは、すべての場面で言えることではありませんが、力の強さが相手の意思を表す傾向は確かにあるように思っております。そして何よりも、この人は自分のことを想ってくれているなあ、と実感するのは力の強さのほかに、雰囲気として十分に嗅ぎ取ることができ、それらを総合して感じられたときに、何ともいえない人の温かさを覚えるしだいなのです。


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posted by Itta Tojiki at 23:51| Comment(0) | ロシアの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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