2011年04月01日

「ソ連に行ってたとよね?」―「ばあちゃん」との会話

 帰国してからずいぶんと身の回りが落ち着いてきたので、日本でお世話になっている人たちに帰国報告をはじめています。今日は、僕の祖父母の代から家族ぐるみの付き合いをしている一家のところへ電話をしました。すると、僕が「ばあちゃん」と親しみをこめて呼んでいる方が出てくれました。
「あら〜、帰ってきたとねーー(帰ってきたんだね)」
と懐かしい声がしました。

「え、ソ連のシベリアに行っとったとかね?(行ってたんだっけ?)」
「(笑)いえいえ、首都のモスクワですよ。」

 大正から昭和へと時代が流れるころに生を受けた人にとって、ロシアとはソ連のことであり、大方のその世代の人たちにとってのソ連とは、シベリア、を思い浮かべるのでしょう。

ナホトカとかには行かんかったとね?(行かなかったの?)」
「いえいえ、あっちは日本寄りなので、行ってないですねー」
「ふ〜ん、あんね、私の身近な人たちは、みんなナホトカから日本に帰ってきたとよ」

 シベリアに抑留されていた日本兵の多くは、ナホトカの港から帰国したといいます。やはり、その世代の人たちと、僕らとでは、ロシアに対するイメージはずいぶんと違うのでしょう。多くの年配の方たちは、決してロシアに対して良い印象は抱いていないと聞きます。留学してロシアに好感を持っている僕のような人にとって、このことは留意しなくてはならないことだと思います。日露関係で、多くの日本人が苦しんだ時代はさほど昔ではない、ということを、あまり気にも留めていなかったことは、恐ろしいことです。その人の穏やかな語り口に、大いなる反省を強いられました……。

話は続きました。
「……、まあね〜最近ちょっと日本は大変やけどね……。ただまあ、これまでの日本人は、苦労知らずでちょっと幸せ過ぎたのかもしれんね……。もちろん、幸せに越したことは無いんやけど、そればっかりでもいかんと思うとよね……。」
「……」
「大正、昭和から戦争を知ってるもんからすれば、今の状況とかは何とも思わんけど、今の人からしたらたいそうなことじゃろうね(たいそうなことだろうね)……。」

 人生の大先輩の言葉は、穏やかだけれど重い。重すぎる。海外を見てきて、今の日本についても何だかんだと言って、ある意味では「有頂天」にさえもなりつつあった僕は、大いに反省しなければならない。10分余りの電話での会話は、「頭にハンマー」くらいの衝撃だったのでした。

ブログランキングに参加しております。下のバナーのクリックを宜しくお願いします。人気ブログランキングへ


posted by Itta Tojiki at 20:27| Comment(0) | 教訓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。