2011年04月19日

チェルノブイリ博物館へ行って…

 思えば、震災が起こる10日ほど前は、僕は旅行の真っ只中だった。そして、どういうめぐり合わせかは分からないけれども、実は、ウクライナのキエフにて、「チェルノブイリ博物館」というところに足を運んでいる。そのときのことについて、僕は以下のような記事を残している。

 この日最初に向かったのは、「チェルノブイリ博物館」。キエフの中心街からは少し離れてはいるが、地下鉄で行けばさほど時間は要さなかった。開館時間ちょうど10時に入場。客はほとんどいなかった。
 中は手の込んだ装飾で、いかにも「見せる」感じのする展示具合だった。半端のない数の写真や、実際に使われたマスク、そのほか作業員の名簿や身分証など、関係者のものが並べられていた。
 しばらく館内を歩いていると、日本語の文字が飛び込んできたので驚いた。そこには、同じく被爆に苦しんでいる広島の方々がチェルノブイリの被害者に支援をしているという趣旨のものがあった。原爆の悲惨さを描いた詩や原爆投下当時の新聞などなど、日本に関連するものがたくさん展示されていた。また、展示物の説明や補足をするタッチパネル式の機械が設置されていたのだが、それらは全て日本製のものだった。博物館自体の支援も日本が全面的にやっていることが伺えた。
 最後の中央ホールには、被爆した子どもたちの写真が一面に張られていた。またその子どもたちが持ち寄ったおもちゃも並べられていた。さらには、チェルノブイリから発した放射性を帯びた雲がどのように移動したかを示した映像があったのだが、そこには、ヨーロッパ全土を覆ってしまうほどに大規模な雲の変遷があった。あまりにも直接的過ぎる説明映像は、僕の想像をはるかに上回っていた。
 チェルノブイリの事故に加え、日本に原爆が落とされたという事実が、一気に僕の頭の中に押し寄せ、いやおうなしに真剣な思考を強いた。(留学ブログより)


DSCF8077.JPG
※ウクライナ国立博物館チェルノブイリ

 今回の福島原発問題が、チェルノブイリに匹敵するとか、しないとか世界中で議論になっているけれども、これほどまでの原発事故と比較している時点で、「大事故」だということに変わりはない。チェルノブイリでの爆発が原因の急性被曝による死者は、100人にも満たないが、被曝が引き起こしたガンや白血病で亡くなった人の数は、万単位だとも言われ、いずれにせよ莫大な数であることに変わりはない。
 上の抜粋にも書いてあるけれども、一番心配なのは、やはり「子どもたち」である。被曝してすぐに症状が出るわけではなく、ある程度時間が経ってから発症するのだから、今回の事故がどう影響するかはわからない。ただ、博物館におびただしい数の子どもたちの写真が展示されている、ということは、やはり原発事故とその後の病気の関係は密接なのだろう。
 今、テレビを中心に、安全、安全と叫ばれているけれども、どうしても前例の事故を思うと、疑って仕方がない。今後の動向が、原発事故がどう影響するか、大いに気になる。

 チェルノブイリ事故の復興を、「被曝国」としての立場から真摯に支援していた人たちがいるにも関わらず、こうやって世界的な原発事故を引き起こしてしまったというのは、どうしても残念なめぐり合わせを感じざるを得ない。僕が博物館に行ったときは、まさか日本でこんな事故が起こるとも思っていなかったし、日本がウクライナを、「被爆国」という関係性から支援しているということも、知らなかった。誤解を恐れずに言えば、何と言う皮肉なことか!
 
 いつまでも嘆いても、それも仕方がないことであって、今はもう、覚悟を持って生きるしかないと思っている。

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posted by Itta Tojiki at 22:29| Comment(0) | 今の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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