2011年08月26日

言論の話―ロシアの状況は他人事ではない

 「ロシアには、言論の自由はない」という説は、ここ近年言われ続けたことで、よく批判の対象となっています。「国境なき記者団」の言論の自由度ランキング(2010年度)では、ロシアは178カ国中、140位で、主要国と呼ばれる国としてはかなり低い数字です。

 ソ連崩壊から2006年までに300人近いジャーナリストが殺害され、そのほとんどが犯人は不明といいます。昨日の記事でお伝えした、アンナ・ポリトコフスカヤ殺害事件は、そのような状況を象徴するものでした。
 加えて、体制を、特にプーチン首相と、連邦保安省(FSB)に対して厳しい批判を主張していた、リトビネンコ元中佐殺害事件も、ロシアの言論の自由を危ぶむものとして並べられます。
 これらの言論弾圧は、特に第二次チェチェン戦争の際に、大々的に行われ、上記の二つの事件は、同じ2006年に起こったものでした。何もこの時期だけではなく、現在もなおジャーナリストが殺害される例は続いています。
 言論者を抹殺している犯人は誰だ、ということは断言できませんが、しばしば政府関連の関与が疑われています。

 ここに、「体制」側と「言論の自由」という構造が存在します。これは、ロシアのみならず、歴史的に、そして現代においても、ほとんどの国家で見られるものです。ロシアの場合は、このような構造が派手に顕在化しているために、非民主的な国家である、という非難を頻繁に受けてしまいがちです。

 もちろん、ロシアのこのような非民主的な情勢は、自由主義の観点から見れば、よろしくないことです。もっとも、ある政策を実行あるいは強行しようとするときには、国家は強権的な態度をとります。ソ連が崩壊してから今年で20年という「若い国家」であるロシア連邦においては、このような国家のあり方は不自然なことはないでしょう。さらには、歴史的に見たときに、この国に、いわゆる「民主的な」国家が存在したことはないのです。あれだけの広大な領土に、あれだけの数の民族を抱えたユーラシア国家を、民主的にまとめあげるには、かなりの教育が必要となるでしょう。

 ロシアのこのような国家性は、以前、書いたことがありました。

 ロシアの性
 
 少し話がずれました。
 ロシアには言論の自由がない、ということは繰り返し言う必要はありません。やはり、僕が指摘したいのは、自国の状況を棚にあげて、ロシアをはじめとする「非民主的な」国家のあり方に否定的な見方をする「非難する側」の態度のほうです。言論弾圧の例は、実は民主国家と言われている国々でも行われていることであって、それはそれぞれの胸に手を当てたときに明らかになるでしょう。
暗殺、という最終手段とまではいかなくとも、発表の場を取り上げたり、テレビ番組を降板させたり、ということは、意外と露骨に行われているものです。

 われわれは民主国家である、だからわれわれのしていることは民主的であって、「正しい」ことだ、という“頭でっかち”な状況を指摘したいのです。
 ロシアの状況は、単なる異国での出来事、ではなく、自分たちの社会にも重なることだということを自覚することが大事だと思われます。そういう自覚は、民主主義国家として大きな顔をする態度に、反省という冷や水を浴びせるものだと信じています。

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posted by Itta Tojiki at 23:56| Comment(0) | 今の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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