2011年11月20日

【モスクワ滞在1日目】到着となつかしさ

 成田空港に着くと、1時間ほど出発が遅れることを知った。それでも搭乗手続きは所定の時間から始まったので、僕はアエロフロート、エコノミークラスの列に加わった。ほどなくして、周りがほとんどロシア人ばかりだということに気づいた。日本のお土産を大量に買い込んでいる彼らのロシア語は、まさに生のそれであって、すでにロシアにいるような錯覚を覚えた。まったくロシアらしいな、と思ったのは、「エクスキューズ・ミー」といいながら列に割り込んでくる集団だった。何か訳があるのだろうと思うかもしれないが、ただの割り込み、である。そしてこれだけで終わるほど彼らの神経は細くなかった。出発ゲートの通過のために並んでいると、またしても同じ集団が割り込んできた。もうこうなったら笑うしかない。
 飛行機に乗り込むまでに、3時間ほどあったが、昼食をとったり、書き物をしたり、あるいは搭乗ゲートの周りに群がっている同乗者であるロシア人を観察するほかなかった。

 搭乗。やはり乗客のほとんどはロシア人で、僕の隣にもロシア人のおじさんが座った。おじさんは仲間たちと一緒に来ているらしく、通路越しに何やら話している風だった。まさか僕がロシア語を理解しているかどうかを知ってか知らずか、おじさん一同は、「日本人が座った!」とか、何やら僕について話題にしているようだった。しばらくして、僕が本を読み始めると、「日本人は読書している!」と割合大きな声を発していた。ただ、決して小ばかにするような感じはなく、珍しさを嬉しがっているようだった。
 機内では、CAさんがたびたび来るが、やはり英語で話しかけてくる。正直言ってロシア語を話したかった僕は妙に不満があったが、まあ仕方のないことだと言い聞かせる。サービスは非常に旺盛で、食事が2回、ドリンクが複数回、あとはアイスクリームも出てきたし、CAさんたちの態度も優しげな印象を受けた。

 行きの飛行機の中で、僕は一冊の本をゆっくりと時間をかけて読み進めた。開高健の『夏の闇』である。ひと時も息の切れない文章は、上空にいる僕を深い思考の海に叩き込んだ。かつての壮絶な戦争経験を終えた主人公は、抜け殻のような生活を送り、性と食に溺れていたが、次第にまた戦場に向かうことになるわけだが、その精神の遍歴が語られる。そして何かを象徴しているかのような、ヒロインの存在も非常に示唆的だった。
 著作とはスケールは異なる上、自分の思考や思惟をさらけ出すほど恥知らずでもないので、詳しくは書かないが、僕は無意識のうちに主人公の精神に、みずからのそれを重ね合わせていたのだった。

 余談が過ぎた。僕は機内では非常にプライベートな時間を過ごしていた。妙な余韻に浸っていると、もうそろそろモスクワが近づいていた。5時間の時差に気分が変になっていたが、もう到着すると思うと、自然と気が起こってくる。
 
 着いた。パスポート・コントロールではまったく並ぶこともなく、難なく終わり、荷物を受け取ると、いよいよ出口である。出ると、うわあと嫌な感じがしたが、同時に、ああモスクワだ、と開き直れた。出た瞬間に、「タクシー?タクシー?」と妙に語尾の上がった声で、柄のよくなさそうなおじさんたちが言うのである。当然僕も声をかけられるわけで、10メートルほどしつこく付きまとわれたが、言葉がわからないふりをして、毅然と突っ返した。モスクワ中心街には、列車で行く予定だったので、駅のはしにある「アエロ・エクスプレス」を目指した。
 列車に乗っているまでは、まだ「空港側」にいることを意味する。つまり、同乗者の多くは旅人であって、まだ「モスクワ」に降り立った気がしないのである。

 列車は、ベラルスカヤ駅に到着した。もう「モスクワ」である。車の喧騒に、妙に薄暗く、どこか危ないんじゃないかと思わせる雰囲気がある。そんなに寒くはなった。そのまま地下鉄に乗り込み、ホテルのあるスパルチーブナヤ駅を目指した。
 街を歩き、地下鉄に乗る、ということは、まさしくモスクワに生きる基本的で、典型的な行動である。今年の3月まで、当たり前にやっていたことだったのだ。それを帰国してから、「緊張感があって、背筋が伸びて」と得意に言っていたのだ。だから、僕はある程度固定化された、そのようなイメージを抱いて、モスクワに乗り込んでいた。だが、思っていた感覚とは異なっていた。もちろん、姿勢は正し、毅然と振舞うが、まず僕の胸にあがってきた感情は、「なつかしさ」だった。
 おばちゃんが楽しそうにおしゃべりをし、若い集団が騒いだり、カップルがあつく愛をはぐくんでいたり、お酒のビンを抱えたおじさん、革ジャンを着た非スラブの人たち……。すべてがすべてがモスクワであり、僕が帰国後に語るような「厳しい」面というのは、見られなかった。どうやら僕は、モスクワという街をひとつのイメージでもってして語っていたのかもしれない。いや、僕にとって、モスクワがすでに「対象」となっていたのだろう。あの時、僕はモスクワ住民であって、少なからず「当事者」の立場にあった。その感覚は、東京の空気にしだいにかき消されていた。まあ、仕方のないことだが……。
 僕をおそった「なつかしさ」とは、まさしくこの「当事者」としての気持ちの回帰だったのだろう。僕は、身体でモスクワを感じていたのかもしれない。

 ホテルについて、チェックインを済ませると、思ったよりフライトの疲れに体がこたえていた。ベッドに溶け込むように、ぐっすりと眠った。

 「ただいま、モスクワ……」


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posted by Itta Tojiki at 13:39| Comment(0) | モスクワ滞在 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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